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ソフトバンクモバイル

出典: ケータイ wikia


ファイル:Tokyo Shiodome Building 20070317-01.jpg
ソフトバンクモバイル汐留本社(東京汐留ビルディング)

ソフトバンクモバイル(英文名称:SOFTBANK MOBILE Corp.、ブランド名:SoftBank)は、日本携帯電話事業を展開するソフトバンクグループの株式会社

目次

[編集] 概要

  • 世界中に拠点を持つ携帯電話事業会社であるボーダフォンの日本法人であったが、2005年にソフトバンクグループに買収され、2006年10月1日をもってソフトバンクモバイル株式会社へ社名を変更した。
  • 携帯電話契約数は約1,895万契約であり、国内の携帯電話市場における市場占有率は約18.4%で3位(20086月末現在)である。また、2007年5月から2008年6月の15ヶ月にわたって純増数がNTTドコモやKDDIなどを抜いて1位となっている。これは、ラインナップ端末のデザイン、機能の向上やラインナップ数の増加、基地局の大規模な増設により回線の状況が改善されたこと、音声定額サービスの料金プランホワイト、ホワイト、法人契約の増加などが理由として挙げられる。
  • 契約者数の増加に加え、電気通信事業者協会の調べでは、他社に比べ取り組みが遅れていた第三世代携帯電話であるSoftBank 3Gの契約者数も2008年6月末現在において約1,511万に達しており、全契約者数に占める割合は約79.1%である。携帯電話業界最大手であるNTTドコモに先駆け、2008年3月31日いっぱいで、第二世代(PDC方式)の新規利用(新規契約・方式変更)を停止。既存ユーザーは引き続き利用できるものの、3Gへの転換推奨の取り組みを強化する方針である。
  • MVNO方式による他の事業者との連携を積極的に進めている。2008、まずディズニー・モバイルと提携・サービス開始。更にはアップルとも組んで、IPhoneの日本での事業を支えることとなった。

[編集] 株式関連

[編集] 現在の株主および保有率

株主は、ソフトバンクの孫会社であるBBモバイル株式会社が全株を保有しており、BBモバイルの全株を保有する完全子会社モバイルテックを介してソフトバンクがすべての株式を間接保有している。なお、このBBモバイル株式会社は、ボーダフォン株式会社をソフトバンクグループが買収する以前には、ソフトバンクグループが独自に携帯電話事業に新規参入する計画で、その事業会社となる予定であった(実際、総務省から2005年11月10日付でBBモバイルに対し携帯電話事業が認定されている)。しかし、BBモバイル株式会社は、下記の手法でボーダフォン株式会社(当時)を傘下におさめたことで携帯電話事業に参入したため、2006年4月28日に新規参入認定を総務省宛て返上することを発表した。

2006年4月4日~2006年4月24日に行われた株式公開買い付け (TOB) では、99.5%までしか応募がなく、以下の株主構成となった(ソフトバンクによる株式会社の完全子会社化はできなかった)。

  • BBモバイル株式会社 - 529万9814株、議決権の97.6%(BBモバイルはモバイルテック株式会社の完全子会社)
  • メトロフォン・サービス株式会社 - 10万3099株、議決権の1.9%(メトロフォンはBBモバイルに買収され完全子会社となった)

その後、2006年6月に総務大臣産業活力再生特別措置法(産活法)の事業再構築計画を認定。2006年7月4日には、産活法を活用した現金交付による株式交換契約を締結。2006年8月15日までに株式交換を実施し、78億円で少数株主が保有していた残りの0.46%の株式をBBモバイルが取得して、ボーダフォンを完全子会社化した。

親子関係は、ソフトバンク(持株会社) > モバイルテック > BBモバイル > ソフトバンクモバイルという形で、ソフトバンクから見ると曾孫会社にあたる。

[編集] ソフトバンクによる買収以前の株主および保有率

ソフトバンクグループによる買収が行われる以前の主な株主は、以下のとおりであった。

  • ボーダフォン インターナショナル ホールディングス ビーヴィ(491万6372株、議決権の90.6%)
  • ボーダフォン ヨーロッパ ビーヴィ(28万2816株、議決権の5.2%)
  • メトロフォン・サービス株式会社(10万3099株、議決権の1.9%)(メトロフォンは、ボーダフォン インターナショナル ホールディングス ビーヴィの完全子会社)

[編集] ボーダフォンによる買収以前の株主および保有率

英国のボーダフォングループによる買収が行われる以前(2001年2月)のジェイフォン株式会社(ジェイフォンの持株会社)のおもな株主は、以下のとおりであった。

日本テレコム - 54%
事業としては現在のソフトバンクだが、法人としては、2002年の持株会社移行そして2004年の吸収合併による事業継承の結果、現在はソフトバンクモバイルそのものである。
ボーダフォン(英) - 26%
ブリティッシュ・テレコム(英) - 20%
この持株会社が、J-フォン地域3社(東日本、東海、西日本)の株式過半数を所有

[編集] 沿革

ファイル:SOFTBANK Mobile phone tower.jpg
ソフトバンク1.5G電波送信塔
  • 1984年10月 - (初代)「日本テレコム株式会社」設立。
  • 1986年7月 - 日本国際通信企画株式会社 (ITJ) 設立。
  • 1986年12月9日 - 鉄道通信株式会社設立(現:ソフトバンクモバイル)。
  • 1987年4月 - 鉄道通信株式会社が日本国有鉄道から事業を引き継ぎ営業開始。
  • 1987年8月 - 日本国際通信企画株式会社が商号を日本国際通信株式会社に変更。
  • 1989年5月1日 - 鉄道通信株式会社を存続会社として日本テレコム株式会社を合併し、商号を(2代目)「日本テレコム株式会社」に変更。
  • 1991年7月6日 - 株式会社東京デジタルホン設立。
  • 1991年11月25日 - 株式会社関西デジタルホン設立。
  • 1992年3月 - 株式会社東海デジタルホン設立。
  • 1994年3月 - 株式会社デジタルツーカー九州設立。
  • 1994年9月6日 - 日本テレコム株式会社が東京証券取引所(現:株式会社東京証券取引所)及び大阪証券取引所(現・株式会社大阪証券取引所)の各市場第二部に上場(1996年に各市場第一部に指定)。
  • 1994年10月28日 - 株式会社デジタルツーカー中国設立。
  • 1995年4月28日 - 株式会社デジタルツーカー東北設立。
  • 1995年7月28日 - 株式会社デジタルツーカー北海道設立。
  • 1995年9月4日 - 株式会社デジタルツーカー北陸設立。
  • 1995年10月4日 - 株式会社デジタルツーカー四国設立。
  • 1997年10月1日 - 日本テレコム株式会社が日本国際通信株式会社を合併。
  • 1998年5月25日 - ビーティ・コミュニケーションズ・サービス株式会社設立。
  • 1998年11月30日 - 株式会社アイエムティ二千企画設立。
  • 1999年8月31日 - 日本テレコム株式会社がビーティ・コミュニケーションズ・サービス株式会社(同日に商号を日本テレコムコミュニケーションズサービス株式会社に変更)を完全子会社化。
  • 1999年10月 - 携帯電話9社がジェイフォン東京株式会社等、「ジェイフォン」を冠した商号に各々変更。
  • 2000年2月 - 日本テレコム株式会社が株式会社アイエムティ二千企画を子会社化。
  • 2000年4月1日 - 株式会社アイエムティ二千企画が商号をジェイフォン株式会社に変更。
  • 2000年5月1日 - 日本テレコム株式会社が日本テレコムコミュニケーションズサービス株式会社を合併。
  • 2000年5月9日 - ジェイフォン株式会社が携帯電話9社による第三者割当増資を引き受け、9社の議決権の過半を有する筆頭株主となる。
  • 2000年10月1日
    • ジェイフォン東京株式会社を存続会社としてジェイフォン北海道株式会社及びジェイフォン東北株式会社を合併し、商号をジェイフォン東日本株式会社に変更。
    • ジェイフォン関西株式会社を存続会社としてジェイフォン北陸株式会社、ジェイフォン中国株式会社、ジェイフォン四国株式会社及びジェイフォン九州株式会社を合併し、商号をジェイフォン西日本株式会社に変更。
  • 2001年10月 - Vodafone International Holdings B.V.による日本テレコム株式会社の株式の公開買付けの結果、Froghall B.V.の保有分を合わせて、両社の親会社である Vodafone Group Plc が日本テレコム株式会社の議決権の過半を有する親会社となる。
  • 2001年11月1日 - ジェイフォン株式会社がジェイフォン東日本株式会社、ジェイフォン東海株式会社及びジェイフォン西日本株式会社を合併。
  • 2001年12月18日 - Vodafone International Holdings B.V.が Froghall B.V. を合併し、同社が日本テレコム株式会社の議決権の過半を有する筆頭株主となる。
  • 2002年8月1日 - 日本テレコム株式会社が、商号を日本テレコムホールディングス株式会社に変更し、事業を承継する完全子会社(3代目)日本テレコム株式会社(現:ソフトバンクテレコム株式会社)を会社分割(新設分割)にて設立し、純粋持株会社に移行。
  • 2003年10月1日 - ジェイフォン株式会社が商号をボーダフォン株式会社に変更。
  • 2003年11月14日 - 日本テレコムホールディングス株式会社が日本テレコム株式会社の株式の総てをリップルウッドへ譲渡。
  • 2003年12月10日 - 日本テレコムホールディングス株式会社が商号をボーダフォンホールディングス株式会社に変更。
  • 2004年6月 - Vodafone International Holdings B.V.がボーダフォンホールディングス株式会社の株式を公開買付けし、96.08%取得。
  • 2004年10月1日 - ボーダフォンホールディングス株式会社を存続会社としてボーダフォン株式会社を合併し、商号をボーダフォン株式会社に変更。Vodafone International Holdings B.V.(英ボーダフォン)の株式の所有割合が97.68%に上昇。
  • 2005年5月13日 - 少数特定者持株数が上場株式数の90%超となった為、上場廃止基準に抵触し、株式会社東京証券取引所及び株式会社大阪証券取引所が株式を監理ポストに割り当てる。
  • 2005年8月1日 - 上場廃止となる。
  • 2006年3月 - 英ボーダフォンが日本法人の携帯電話事業を1兆7,500億円でソフトバンクに売却することで合意。
  • 2006年5月18日 - 10月1日より社名をソフトバンクモバイルに、ブランド名をSoftBank(ソフトバンク)に変更すると発表。
  • 2006年8月31日 - 20083月をもってPDC方式サービスの新規加入受付を終了することを発表。
  • 2006年10月1日 - 商号をソフトバンクモバイル株式会社に変更。

[編集] 事業展開概説

1991年~1992年に日本テレコム(現在のソフトバンクの前身。詳細は前節の沿革を参照。以下、日本テレコムが会社分割をした2002年8月まで同じ)が主体となり東京デジタルホン、東海デジタルホン及び関西デジタルホンを設立。

1994年から日産自動車(以下「日産」と略)が主体のツーカーグループと同時に、NTTドコモ、DDIセルラー/IDOグループ(現KDDIのAu (携帯電話))に次ぐ携帯電話事業の第3勢力として事業開始。関東東海関西以外の地区に関しては、日産と日本テレコムとの共同出資で、旧デジタルツーカーを設立し、1996年1月より、ツーカーグループと合同で全国展開が行われた。

[編集] デジタルホン

  • 1994年4月 - 東京デジタルホン
  • 1994年5月 - 関西デジタルホン
  • 1994年7月 - 東海デジタルホン

[編集] デジタルツーカー

  • 1996年1月 - デジタルツーカー九州
  • 1996年5月 - デジタルツーカー中国
  • 1996年12月 - デジタルツーカー東北、デジタルツーカー北海道
  • 1997年1月 - デジタルツーカー北陸
  • 1997年2月 - デジタルツーカー四国

[編集] J-PHONE

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J-フォンセンター名古屋
  • 1997年2月 - 東京デジタルホンがコミュニケーションネーム「J-PHONE」を使用開始。イメージキャラクターに永瀬正敏とキャシー・チャウを起用したコマーシャルや広告を展開する。
  • 1998年3月 - イメージキャラクターに藤原紀香(当初は旧J-フォン東京地区のみ、後に東海地区を除く全国)や優香(東海地区のみ)やフェイ・ウォン(関西地区のみ)を起用したコマーシャルや広告が流れ、OLなど女性を中心にブームが起こる。
  • 1999年8月 - 日産の経営悪化で、携帯電話事業など自動車との関連が薄い事業から撤退することになり、日産が保有していたデジタルツーカー6社の株式を、デジタルホン3社を有する日本テレコムに譲渡。
  • 1999年10月 - デジタルツーカー各社が「ジェイフォン」(J-フォン)を冠した商号に変更し、全国統一ブランドとなった。(尚、デジタルツーカーの合弁相手であったツーカー3社については、第二電電(現KDDI)に譲渡。)
  • 1999年12月 - J-スカイサービス(現Yahoo!ケータイ)開始
  • 2000年10月 - 9地域会社のうち8社が東日本・西日本の2社へ統合。東海のみ従来通り存続し、全国3社体制となる。
  • 2000年12月 - カメラ付き携帯発売 (J-SH04)
  • 2001年6月 - 写メールキャンペーン開始。
  • 2001年11月 - 東日本・東海・西日本の3社が統合し、現在に続く全国1社体制となる。
  • 2002年3月 - 契約者数が、事業開始後初めてauを上回る。
  • 2003年10月 - ブランド・会社名をJ-PHONEからVodafoneへ変更。

[編集] Vodafone

  • 2001年10月 - 筆頭株主である日本テレコムがボーダフォングループの傘下となった事に伴い、J-フォンもVodafoneグループとなった。これにより、2003年のブランド名変更まで、J-PHONEロゴの下にVodafoneロゴを並べる形のロゴマークへ変更し、Vodafoneグループであることをアピールすることとなる。その際、J-PHONEロゴとVodafoneロゴは、並行使用していた。
  • 2002年12月 - NTTドコモやエリクソン等が中心となって開発した、W-CDMA(ワイドバンドCDMA)方式(別名:UMTS)による第三世代携帯電話サービスVodafone Global Standard(略称VGS、当時。)を開始した。エリアは小型基地局を中心として急速に広めたが、一部の地域では64kbpsまでしか通信できず、屋内や地下鉄のカバレッジにも問題があった。さらに、初期の端末はボーダフォンの機能が使えないなど、競合するNTTドコモのFOMA、auのCDMA 1Xに劣り、見通しに暗雲が立ち込めていた。その間、ボーダフォンは第2世代PDC方式サービスを主力とし、2004年末から発売のSoftBank 3Gより第三世代へ注力することが発表された。
  • 2003年10月1日 - 商号、ブランド名共にJ-フォンからボーダフォンに変更した。当初は社名に「ジェイフォン」を残したままボーダフォンブランドを導入する予定であったが、親会社の意向もあり社長のダリル・E・グリーン(当時)の決断で社名も含めて変更することになった。なお、ボーダフォングループでは、通常社名がボーダフォンオランダ、ボーダフォンスペインなど、ボーダフォン××と地域名が付く。これに倣うとボーダフォンジャパンとなるわけだが、グループ内では「ボーダフォンK.K.」と定義された。また登記簿上の名称も(地域名を付けない)ボーダフォン株式会社とし、他地域のボーダフォン事業会社(OpCo: オプコという)にない名称となった。
  • 2004年4月 - 前年のブランド名変更の際、掲げられたボーダフォンから10の約束を、自社Webサイト上から削除し、以下のようなサービスの改定が発表された。
    • 「ハッピータイム (ソフトバンクモバイル)」(土・日・祝日はVodafone端末に電話をすると終日1分5円)は「ハッピータイム (ソフトバンクモバイル)」(土・日・祝日のVodafone端末への電話は5分話せばその後の30分間が無料)となり、「TVコール」(テレビ電話)の通話料を音声通話と同額から1.8倍へと改定前の料金に戻すなど、迷走する姿があきらかになる。「ハッピーボーナス」(2年契約することで基本料金が安くなるなどの特典が受けられるオプション契約)などで顧客を集めた後の改定にユーザーから反感の声が上がっている。ボーダフォンは料金改定の措置として「年間割引」や「ハッピーボーナス」の解除料を一時的に無料にした。
    • こうした第三世代携帯電話サービスの遅れや料金制度の変更に対する強い不満を感じた契約者の解約などで、契約数は低迷。2004年3月期連結決算では、減収減益。日本テレコム(現・ソフトバンクテレコム)売却の影響もでて赤字に転落した。NTTドコモやKDDI(au)が増収増益で過去最高の最終利益を記録する中で対照的な結果となった。
  • 2004年6月 - 社長のダリル・E・グリーンは役員改選の取締役会直前にして「一身上の都合」を理由に辞任(津田の就任まで、J.ブライアン・クラークが暫定的に社長を勤める)。その後、インドの通信会社・TETEの社長に就任したが、2007年5月に退任。翌6月、日本にまた戻りマンパワージャパンの代表取締役社長に就任した。
  • 2004年7月 - 解約者数が新規契約者数を上回る(純減)までになった。この状況を巻き返すため、8月、NTTドコモでIモードやFOMAの開発で中心的な役割を担ったNTTドコモ前副社長の津田志郎を社長に迎え入れることを発表した。
  • 2004年11月21日 - SoftBank 3GシリーズおよびVGSシリーズ限定でパケット定額サービス「パケットフリー」を開始した。
  • 2004年12月1日 - 津田志郎が社長に就任する。また、2005年より三菱自動車工業に代わり埼玉県さいたま市のサッカークラブ・浦和レッドダイヤモンズのユニフォームスポンサーになる。
    • オンネットグループ内の通話が無料になるソフトバンクを開始。
    • しかし、3G端末の出遅れや3G冬モデルで採用された「世界共通ユーザーインターフェース」(コンバージェンスモデル、コンバージェンス端末)へのなじみのなさからの敬遠、犯罪に悪用されるなどのボーダフォンへのネガティブイメージにより、2005年1~3月に再び純減を記録、2005年4月より、津田が会長へ退き、英ボーダフォン社長で元日本テレコム社長でもあり、日本の携帯ユーザーの志向や市場を身を持って知る、ウィリアム・T・モロー(通称: ビル・モロー)を社長に迎え入れることとなった。その後、国内市場のニーズに合わせた端末の導入などの梃入れを行い、加入者の激減に多少歯止めがかかった。
  • 2005年4月20日 - 新たに3つの料金定額サービス(通称:ボーダフォン3つの定額→後に「LOVE定額」が加わり「ボーダフォン4つの定額」)を追加発表。
  • 2005年6月 - ソフトバンク(通称: 社員間通話定額)を改定。
  • 2005年10月11日 - 携帯電話業界初、料金定額の新サービスLOVE定額を発表。
  • 2006年3月 - 英ボーダフォンはボーダフォン日本法人をソフトバンクに1兆7,500億円で譲渡することを決定した。今後は日本法人の社名変更をする方針であることが明らかになった。
  • 2006年4月4日 - 津田ほか6人の取締役の退任予定とソフトバンク側からの役員派遣予定が発表された(モローは留任)。
  • 2006年9月1日 - 家族向け割引サービス「家族割引」改定。請求先名義や契約者名義の異なる回線で加入できるように改定され、また地域が異なる回線同士でも加入できるようになり、副回線も4回線から9回線に拡大される。これにより、単身赴任などでも加入でき、支払口座を個別にすることもできるようになる。
  • 2006年9月1日 - 日本では初の携帯電話端末の割賦支払制度スーパーボーナスを開始。
  • 2006年9月13日 - IPod nanoと携帯電話のセット販売「スーパーボーナス + iPod nano」を開始。
  • 2006年10月1日 - 商号を「ソフトバンクモバイル株式会社」へ変更。社名変更と同時にブランド名も「SoftBank」に変更。よって、日本における「Vodafone」ブランドは3年で消滅した。
4つの定額
家族通話定額
家族割引加入者を対象に、家族間の通話を月額315円の定額で利用できるプラン。
メール定額
3G端末を対象に、国内のSMS、MMS、VGSメールの送受信を月額840円の定額で利用できるプラン。
パケットフリー
3G端末を対象に1050円から4095円の2段階でパケット通信を定額で利用できるプラン。
LOVE定額
全加入者(プリペイド式を含むがプリペイド式の電話からの発信は適用外)を対象に、登録した1件のボーダフォン携帯電話への、国内のSMS・MMS・スカイメール・ロングメールの送受信、通話(発信)を月額315円の定額で利用できるプラン。

[編集] SoftBank

ファイル:SoftBank Hankyu-Ibaraki.JPG
ソフトバンク阪急茨木
  • 2006年10月のソフトバンクへの社名変更およびブランド名の変更にあたり、10月以降変更または新規登録したメールアドレスに対しては新しいドメイン "softbank.ne.jp" を設定するが、それ以前に設定したアドレスについてドメインの変更をしない旨が告知された。
  • ボーダフォンのインターネット接続サービス「Vodafone」は、「Yahoo!ケータイ」(Y!ケータイ)に変更し、メインページがポータルサイトYahoo!のソフトバンク携帯専用版となった(従来から他社向けにも提供している携帯版Yahoo!の「Yahoo!モバイル」(他キャリア向けには現在も提供中)とは異なる)。アプリサービス「Vアプリ」を「S!アプリ」に、ボーダフォンライブ!基本使用料を「S!ベーシックパック」とするなど、ほとんどのサービス名称を変更した。
  • 「Vodafone 3G」の名称が「SoftBank 3G」、V6-2シリーズの名称が「SoftBank 6-2」となり、製品型番の名称もVodafone 3G時代にカタログ等に記載されている「Vodafone 製品型番」とV6-2シリーズの「V製品型番」であったものが「SoftBank 製品型番」となった。これにより、SoftBank 3GとSoftBank 6-2において、すべて製品型番名称が統一された。
  • 2006年10月24日から始まった番号ポータビリティ (MNP) では、ソフトバンクへの転入はSoftBank 3G契約のみ受け付け、SoftBank 6-2の契約は受け付けない。
  • 2006年10月23日 - ソフトバンク携帯電話同士の通話料とSMSの利用が無料となる新料金プランの「ゴールドプラン」、割賦契約の「スーパーボーナス」及び2007年1月までに契約すると基本料がずっと70%オフやオプション、基本使用料が一定期間無料になる「ソフトバンク大創業祭キャンペーン」の3つから成る「予想外割」を発表。同時に、「ブループラン」及び「オレンジプラン」の2つの新料金プラン、全機種購入料金(頭金)「0円」も発表。
  • 2006年10月24日 - 「ゴールドプラン」について、ソフトバンク携帯電話同士のMMS(S!メール)の利用も無料にすると追加発表。
  • 2006年10月26日 - 「ゴールドプラン」について、ソフトバンク携帯電話同士のMMS(S!メール)のソフトバンク(ボーダフォン)メールアドレス利用も無料にすると追加発表。
  • 2006年10月30日 - 「ゴールドプラン」について、2006年11月10日より、他社携帯・固定電話通話料金を相手・時間問わず、一律21円/30秒(税込)にすると発表。
  • 2006年10月31日 - 新しく打ち出した全機種・通話料・メール代「0円」広告に対し、0円となる条件がわかりにくかったことから公正取引委員会が景品表示法違反の疑いがあるとして調査を開始。
  • 2006年11月1日 - 公正取引委員会の指導により、ソフトバンクモバイルは「0円」広告を修正することを発表。
  • 2006年11月2日 - ソフトバンクモバイルのサイトに『「0円」への質問にお答えします。』と題した、質問集などを掲載。
  • 2006年12月12日 - 「景品表示法第4条第1項第2号(有利誤認)の規定に違反するおそれがある表示を行っていた」として、公正取引委員会から警告(同時に当該広告に対して批判したKDDI、NTTドコモも、それぞれの広告に同規定違反のおそれがあるとして注意を受けた)。
  • 2007年1月 - 1月課金分の料金からユニバーサルサービス料が設定される。
  • 2007年1月 - 月額基本使用料980円の新料金プラン「ホワイト」を発表。
  • 2007年1月 - ホワイトプラン専用の割引サービス「Wホワイト」を発表。
  • 2007年5月10日 - ホワイトプラン加入者に対して、追加料金なしで家族割引加入回線間の通話が24時間無料(定額)になるサービス「ホワイト家族24」を発表。
  • 2007年9月14日 - NTTドコモが13日に発表したFOMAについて「音声契約向けサービスではない」ことを理由に追随しないこと表明。(そもそも「ブループラン」「オレンジプラン」発表時点から対抗サービスにデータ通信契約向けの料金プランは存在しない)
  • 2007年9月28日 - ボーダフォン時代から展開していたS!CASTとS!ケータイ動画のサービスを終了。ケータイ動画はYahoo!動画β版へ移行する。
  • 2007年10月5日 - auの新サービス「シンプルコース」の各料金プランに対抗する「シンプルオレンジS」「シンプルオレンジL」を発表。auの場合と異なり、特にコース分けはされず、その代わりに「新スーパーボーナス」による端末購入を条件とし、さらにシンプルオレンジ選択時のスーパーボーナス特別割引額を減額することで対応した。
  • 2007年12月6日 - CM好感度調査『2007年度消費者のCM-Branding評価best10』にて、ソフトバンクモバイルが年間首位に選ばれる。
  • 2008年1月 - ソフトバンクが全国でサービス開始。
  • 2008年1月 - 自社ケータイとBBフォン間の通話無料サービス「ホワイト」を検討していると報じられる。
  • 2008年1月 - ウォルト・ディズニー・ジャパンが、ソフトバンクモバイルとの協業で行うディズニー・モバイルのサービス内容について発表した。3月にサービス開始。
  • 2008年1月 - S!キャストの後継サービスとして、S!情報チャンネルを開始。また、2008年モデル14機種も発表され、ティファニーと提携し823SHをベースとしたコラボレーションモデルを制作することを発表。同時に、着せ替えパネル「JAPAN TEXTURE」も発表。京友禅の木村染匠が制作する「友禅」と京漆器の象彦が制作する「漆」2タイプが用意される。823SHに着せ替えて装着することが可能。
  • 2008年1月 - パソコンのメールがケータイメールと同様に使える「PCメール」の導入を発表。
  • 2008年2月 - 一般的な学校に通学し、かつ新規契約する学生ユーザーの基本使用料を3年間無料にする「ホワイト」受付、提供開始。
  • 2008年2月 - 3Gプリペイドサービス「プリモバイル」を開始。
  • 2008年2月発売の週刊新潮2月21日号記事より在日韓国人だけが安いという割引サービスについて報道される。ただし在庫処理のためのプランと見られ、それを考えるとむしろ高いくらいである。なお、韓国人以外にも同様のプランがELifeTimeや光通信(法人向け)などから提供されている。
  • 2008年2月 - 最大10回線まで社員同士の通話が24時間無料となる「ホワイト」を発表。また2月には「ホワイト法人24+」を発表。
  • 2008年3月 - 「パケットし放題」での「PCサイトダイレクト」利用時の上限額の値下げとブループラン用「パケット定額Biz」「パケット定額フル」の新規申し込み受付終了(3月31日)を発表。
  • 2008年4月15日 - 既存加入者の「ホワイト学割」申し込み受付開始。2008年3月31日時点でSoftBank携帯電話利用者かつ学生だった者が対象で、この日以降最初の機種変更時に申し込み可能。
  • 2008年5月8日 - BBフォンとの通話が24時間無料となる「ホワイト」と、「おとくライン」を利用する法人向けの同様のサービス「ホワイト」を発表。
  • 2008年6月 - 2008年夏モデルとともに、「ダブルナンバー」などの新サービスを発表。
  • 2008年6月 - 「IPhone(アイフォーン)」の日本国内販売に関する契約を、米アップル社と締結したことを発表。7月11日に、世界で最初に発売する。
  • 2008年7月3日 - 2010年3月第2世代携帯電話(PDC)サービスを終了すると発表した。

[編集] 現行のサービス

[編集] 端末ラインアップ

SoftBank 3G
第3世代携帯電話(W-CDMA方式)サービス。現在の主力サービス。
3G ハイスピード
第3.5世代携帯電話(HSDPA方式)サービス。ソフトバンクの将来にかかるサービス。
SoftBank X
第3.5世代携帯電話(HSDPA方式)サービス。基本的に3Gと変わらないが、こちらはあくまでもスマートフォン及びPocket PCの呼称である。
SoftBank 6-2
第2世代携帯電話(PDC方式)サービス。かつてのJフォン・ボーダフォン時代の主力サービス。
ソフトバンク
W-CDMA方式またはHSDPA方式によるデータ通信専用端末。現行商品は、HSDPA方式による高速データ通信端末。

[編集] 料金プラン

ホワイト
2007年1月に登場した、現在のソフトバンクの主力料金プラン。
ゴールドプラン
2006年10月に登場。ホワイトの登場で存在価値が薄れている。
「ブループラン」及び「オレンジプラン」
2006年10月に登場した、Au (携帯電話)のCDMA 1X、CDMA 1Xの2つの料金プランより基本使用料が200円安い料金プラン。
「ブループラン」及び「オレンジプラン」
2006年10月に登場した、NTTドコモのFOMA・Movaの新・料金プランより基本使用料が200円安い料金プラン。
レッドプラン
ボーダフォン時代の料金プランで、2007年3月で新規受付停止。
ソフトバンク
SoftBank2シリーズ(V1-2シリーズ)端末による料金先払い制。
2008年3月で新規受付停止。
プリモバイル
SoftBank 3G端末による料金先払い制。
20082月新規受付開始。

[編集] オプション

S!ベーシックパック
  • ステーション(SoftBank 6-2)
  • Eメールオプション
  • ロングメール・ロングEメールオプション(6-2)
あんしん保証パック
修理無料になるパック。1年後の電池無料提供の特典や、機種変更時の特典等もある。
※ 以前の類似オプション「スーパー安心パック」「ソフトバンクアフターサービス」は新規加入不可。

[編集] サービス

  • Yahoo!ケータイ
  • Yahoo!mocoa(SoftBank 3G)
  • 位置ナビ(旧・イチなび)
  • S!おなじみ操作(旧・おなじみ操作)(3G)
  • S!速報ニュース(旧・ライブモニター)(3G)
  • S!情報チャンネル(3G)
  • S!タウン(3G)
  • ちかチャット(3G)
  • S!一斉トーク(旧・サークルトーク)(3G)
  • S!ともだち状況(旧・ホットステータス)(3G)
  • S!FeliCa(3G)
  • PCサイトブラウザ(3G)
  • PCサイトダイレクト(SoftBank X)
  • ソフトバンク
  • TVコール(3G、Xシリーズ)
  • S!ミュージックコネクト(3G、Xシリーズ)
  • 各種テレホンサービス
  • 情報知っ得ダイヤル
  • ソフトバンク
  • きせかえアレンジ
  • S!まとめて支払い
  • ダブルナンバー
  • 着デコ
  • 世界対応ケータイ(旧・国際ローミング)(3G)

[編集] コンテンツ

  • タダデコ(3G)
  • タダコミ(3G)
  • タダゲーム(3G)
  • タダ歌ばん(3G)
  • 電子コミック(3G)
  • S!アプリ
  • 着うた(6-5及び3G)
  • 着うたフル(3G)
  • コンテンツおすすめメール(旧・レコメール)(3G)
  • S!GPSナビ(3G)
  • スカイメロディ(6-2)

[編集] メール

  • デコレメール(旧・アレンジメール)(3G)
  • フィーリングメール
  • デルモジ表示(3G)
  • 絵文字
  • 写メール
  • ムービー写メール(6-5及び3G)
  • PCメール(3G)

[編集] 提供を終了したサービス

  • S!ケータイ動画(2007年9月30日をもってサービス終了)
  • S!CAST(2007年9月28日をもってサービス終了。2008年1月28日に同じ仕組みを利用したS!情報チャンネルのサービスを開始)
  • スカイファックス - 携帯電話からファックスへ文字や写真を送信できるサービス。2007年6月30日をもってサービス終了。
  • スカイウェブ - デジタルホン/J-PHONE 時代に提供されていた、スカイメールを利用した情報サービスおよびWWW閲覧サービス。文字情報サービスは2002年3月27日終了。
  • オープンコンテンツ情報料課金サービス - 非公式サイトが利用可能な情報料集金サービス。2003年6月開始、2007年7月31日終了。

[編集] ボーダフォンによるJ-フォンの買収

[編集] 概要

J-フォンの筆頭株主であった日本テレコム(以下JT)は、国内の通信業界の競争激化を勝ち抜くため、外資通信会社との提携に活路を見出した。

長距離だけでなく国際通話も含めた総合通信企業へと変貌しつつあった国内通信業界の流れの中、デジタルツーカー各社を共同で経営していた日産が経営から撤退し、同社が債務保証をしていた設備投資に伴う借入金をあわせ8,000億円を負担することになった。

さらに目の前にはW-CDMAの設備投資も控えており、JTはアメリカの旧AT&T、イギリスのBTからそれぞれ15%ずつ出資してもらうことで資金調達の手段とした。JTの親会社であったJR各社はJT株の33.8%を保持していたため、経営権は確保されていたかに思われたが、国鉄時代からの債務縮小に力を入れていたJRにとってJTは金食い虫でしかなく、さらにJTはJRに断りなく外資導入を決めたため、もはやJRとの関係は悪くなる一方だった。

さらに外資の片方であるAT&Tは、自らが経営悪化から通信各部門が分割されることとなりJT株は売却され、これを英ボーダフォングループ(以下VFG)が購入。さらにJR東海JR西日本も、会計基準の変更で時価総額の下落による評価損による"心中"を恐れVFGに売却した。またもう一方のBTも経営悪化によりVFGに売却。VFGはTOBを実施し、残るJR東日本からも株式を取得し、その比率を66.73%にまで上げて子会社化した。

さらにJ-フォン自体も、出資を受けていた米国エアタッチ社がVFGに買収(のちにベライゾン社となる)された事により、VFGが間接的に経営に参画(J-フォン北海道の社長はエアタッチ出身のジョン・トンプソン氏だった。同氏はのちに専務執行役技術本部長に就任した)しており、JTの子会社化と合わせた形でVFGに支配されることとなった。

そしてVFGはブランドをVodafoneに移行することを決定。J-PHONEにVodafoneを併記するデュアルロゴを採用して、ブランド認知度向上を図った。これはそれまでに買収していたドイツのD2、イタリアのオムニテルなどと同様の措置であった。また、さらなる認知度と好意度、選好度向上を目指して、メールアドレスのドメイン強制変更を断行したが、これは大きな反感を買い混乱を招く結果となった(このため、特に公表されていないがソフトバンクになった現在においても割り当てられたVodafoneドメインのメールアドレスを初期状態のまま変更しない限り、J-フォン時代のドメインを使用したメールアドレスにメールを送信しても受信できるようにしている)。

J-フォン時代には写メールなどのサービス展開により契約純増数を確実に増やし、戦略を決めあぐねていたAu (携帯電話)をシェアで追い抜きわずか1ヶ月とはいえ2位となったこともあった。しかし日本とヨーロッパで統一した仕様の端末を出す「コンバージェンス端末」戦略をとったために、「写メール」に続く話題となるサービスを出せなかった。その結果、クアルコムチップの進化とともに「着うた」などのサービスをリリースしたauなど他キャリアにシェアを奪われてしまう。

また、後述する「ボーダフォンから10の約束」をのちに反故する形となったり、ほとんどの利用者にとって事実上の値上げとなった料金改定、端末調達絞り込みによる魅力減など、各施策の多くは裏目に出た。

こうした経緯からVFGは日本事業の見直しを迫られ、元NTTドコモ副社長の津田志郎をヘッドハンティングしたり設備投資を増加させるなど手を打った。しかし株主からの利益確保への圧力、アメリカにおけるベライゾン社の完全子会社化の失敗、成長市場への資本集中などが重なったことと、ソフトバンクからの買収申し入れもあり、アルンサリーンCEOが日本事業からの撤退を決断。こうして日本におけるVodafoneの歴史は幕を閉じた。

[編集] ボーダフォンから10の約束

J-フォンがボーダフォンにブランド名の変更を行う際に自社Webサイトや広告などに掲げた約束。「約束」と言う形が取られているが、実は、すでに実施予定だった各種施策を「10の約束」という形で見せる広告宣伝の一つに過ぎなかった。しかし、英国本社からの強大な圧力でハッピータイムの改定などを余儀なくされ、この「約束」はほどなくして自社Webサイトなどからは消滅した。広告宣伝の見せ方の一つだった「10の約束」だったにせよ、約束反故として記者会見などで後々にまで語られることとなる。内容は以下の通り。

  1. 機種変更、お求めやすく
  2. 料金プランや割引サービスをパワーアップ
  3. 先進機能搭載、優れたデザインの携帯を次々と
  4. Eメール受信は今までどおり
  5. 「J-スカイ」は「ボーダフォンライブ!」へ飛躍します
  6. 「J-フォンショップ」は「ボーダフォンショップ」へ
  7. もっとグローバルに
  8. TVコールサービスを使いやすく
  9. パッケージプランの提供
  10. 「J-フォン」のケータイは引き続きご利用いただけます

[編集] ソフトバンクによるボーダフォンK.K.の買収

[編集] 経緯

ソフトバンクは2006年3月17日、携帯電話業界最大手の英ボーダフォンから、日本法人を1兆7500億円で買収する契約を結んだ、と発表した。2ヶ月以内に子会社を通じて買取を完了する。買収資金のうちの1兆1200億円程度はLBO方式で調達し、残りをソフトバンクやYahoo!が出資する形でまかなわれることを明らかにした。

当初、英ボーダフォンは日本法人株の一部を継続して保有し、ある程度の影響力を保持しようと考えていたが、ソフトバンクとの幾度となる交渉によって結果として保有株のすべてを譲渡する形となった。しかし英ボーダフォンは日本から完全に撤退するのではなく、両社は戦略提携をし、ジョイントベンチャー(共同企業体)を設立する。また、英ボーダフォンは2006年4月27日までに、3,000億円相当の優先株式新株予約権と1,000億円相当の劣後債の投資をBBモバイル株式会社に対して行っている。

[編集] ブランド変更

2006年10月1日に社名をソフトバンクモバイル株式会社に、ブランド名をSoftBank(ソフトバンク)に変更。2006年5月18日に正式発表されていた。なお、ボーダフォングループとの合弁会社の設立も発表された。新ブランド名はソフトバンクグループであることが明確に表されている。しかしソフトバンクは決定前に「親しみやすい名前にする」と表明しており、実際に決まった新ブランド名について当時は一部のボーダフォンユーザからは「親しみやすくない」「何の工夫もない」といった意見が聞かれた。

[編集] 経過

  • 2006年2月 - MVNO方式でのボーダフォンとソフトバンク提携交渉を行っていると報道される。
  • 2006年3月 - 英ボーダフォン、ボーダフォン日本法人買収交渉の事実認める。
  • 2006年3月 - ソフトバンク、ボーダフォン日本法人買収交渉の事実認める。
  • 2006年3月 - ボーダフォン、ホームページに一部報道に関するコメントを掲載。
  • 2006年3月 - 英ボーダフォンはボーダフォン日本法人をソフトバンクに1兆7,500億円で譲渡することを決定した。また公式発表をしたソフトバンク社長の孫正義は基本的には新ブランドに切り替える意向をあらわした。新ブランドの詳細については「できるだけ早い時期に決めていきたい。まだ決定しておらず、これから検討していく」と述べた。
  • 2006年3月17日 - ソフトバンク、ホームページに買収決定後初めてのコメントボーダフォン株式会社の買収およびヤフー株式会社との携帯電話事業に関する業務提携についてを掲載。
  • 2006年3月17日 - 英ボーダフォン、ホームページに買収決定後初めてのコメントを掲載。日本法人も日本語訳を同時掲載。
  • 2006年3月 - ボーダフォン、ホームページに買収決定後初めてのコメント弊社株式売却についてを掲載。
  • 2006年4月4日 - ソフトバンク、BBモバイルを通して1株31万3456円でTOBを実施。
  • 2006年4月14日 - ボーダフォン、ホームページに今後の方針"お客さま第一主義の継続"を掲載。メールアドレスのドメイン名や現行サービス継続の意向を表明。
  • 2006年4月24日 - 5月1日より本社を港区愛宕からソフトバンク本社と同じ汐留の東京汐留ビルディングに移転することを発表。ソフトバンクグループ企業との連携強化のためとしている。
  • 2006年4月27日 - ソフトバンク、BBモバイルを通して英ボーダフォン所有のボーダフォン日本法人株を買い付けると同時にメトロフォン・サービスの全株式を買い付けすることにより同社が保有する株も合わせて取得することで、結果ボーダフォン日本法人株540万2913株(発行済株式数99.54%)を取得。
  • 2006年4月28日 - ソフトバンク社長孫正義が、ボーダフォンの取締役会議長ならびに代表執行役社長兼CEOに就任。
  • 2006年5月18日 - 同年10月1日をもって「ソフトバンク株式会社」に社名変更、ブランドもソフトバンクを基本としたものに変更することが発表された。
  • 2006年6月 - 総務省から産業再生法の適用を受け、ボーダフォン日本法人株を100%取得する際に株式に代えて現金の交付が可能になった。
  • 2006年8月15日 - ソフトバンクの完全子会社となる。
  • 2006年8月25日 - ソフトバンクロゴが入った機種発売開始を発表。このロゴマークはソフトバンクグループの「〓」をあしらったものだが、色はシルバーメタリックになっている。(ソフトバンク本社は、黄色=レヴォリューション・イエロー)
  • 2006年10月1日 - ソフトバンクモバイルに社名変更。

[編集] 番号ポータビリティに関する騒動

[編集] 概要

番号ポータビリティ (MNP) 開始前日の10月23日に新プランなどの発表を行った影響で、さまざまな出来事が発生した。ソフトバンクは2006年10月28日午後3時頃から10月30日午前8時にかけて、ゴールドプランへの申し込み殺到によりソフトバンクの登録業務システムにトラブルが生じたと発表した。NTTドコモおよびKDDI (au) はホームページ上において、ソフトバンクモバイルに対して厳重に抗議したと発表した。

また、一部店頭では「お客様各位 NTTドコモとKDDI(au)においてシステム障害が発生しております」との虚偽説明がなされたと言われ(「ZAKZAK」による報道)、当時の混乱ぶりが伺える。 このトラブルについて2006年11月11日付ゲンダイネットの報道では、実際はソフトバンクから他社へのキャリア変更(転出)が殺到したのではないかとの推測がなされた。しかし、減少数は少なかったので、MNPによる転出者が多すぎたというのも定かでない。また、新規契約がかなり多かったので、ゴールドプランによる影響とも考えられる。また、家族割引の複雑な副回線制に問題が有ったともされる。 なお、同様のトラブルが携帯業界3社全てで起こったことから、システムの拡充を急ぐことが各社に求められた。

[編集] 経過

  • 2006年10月28日 - 新プラン発表と大々的なキャンペーンが功を奏し、さらに週末という条件が重なり新規加入・機種変更・契約変更ユーザーが殺到。同日午後5時半頃、文字通りの予想外の集客に契約に関するシステムがダウン、全登録業務を停止し、通常午後9時頃まで営業している受け付け時間を切り上げた。
  • 2006年10月29日 - システムを回復させ営業を再開したが、MNP登録に関する遅延が発生していたため他キャリアへの転出・他キャリアからの転入業務を停止。。それ以外の契約業務については引き続き営業中であったが、その後事務処理能力が限界に達する恐れが出てきたため、同日午後0時10分に再停止した。
    • 同じく、2006年10月29日に、東京都内の一部の「ソフトバンクショップ」にてNTTドコモ、KDDIにてシステム障害が発生しているという虚偽の説明張り紙を行っていた事が判明。企業姿勢を問われる報道が10月30日になされた。
    • 同じく、2006年10月29日に、NTTドコモ、KDDIは連名で、MNPに関する障害によって商機を逸した事についてソフトバンクへ強く抗議。さらに障害の原因究明と対策、そしてキャリア三社連携の必要性をソフトバンクに求めた。
  • 2006年10月30日 - 午前8時にシステムを復旧。他キャリアへの転出・他キャリアからの転入業務を再開。しかし、今後またシステムが停止する恐れがあるとし、11月5日までは新規加入及びMNPに関するもののみの受付とし機種変更は停止状態になっていた。
    • 同じく、2006年10月30日にソフトバンクモバイル代表執行役社長兼CEOの孫正義氏は記者会見を開き、顧客・NTTドコモ・KDDIに対して「ご迷惑をおかけしたことをお詫びしたい」とコメントした。
  • 2006年11月6日 - 当初全業務完全復旧の予定であったが、既存客からの携帯電話の機種変更や料金プラン変更の受付を停止した。通常の平日より申し込みが多く、システムへの負荷を軽くするためとされる。同日中に処理できる分に限って申し込みを受け付け、東海~関西地域以西は午後4時、他の地域も午後6時で受付中止。6日は再開待ちの客の受付が増えたとみられる。11月7日から11月10日までの既存客からの受付時間を午後7時までに早めることに決定した。
  • 2006年12月17日 - 今度は、ドコモと共に影響を受け抗議を行ったKDDIで番号ポータビリティの受付を停止、ソフトバンクモバイルおよびドコモに影響が出た。

なお、2007年には、NTTドコモでも同様のトラブルが発生した。

[編集] その他の問題

[編集] CMに関する問題

ゴールドプラン紹介CMにおける問題
2006年12月から放送していたゴールドプラン紹介のテレビコマーシャルでは、ラクロスの女子学生同士の会話を、他携帯ユーザーに対するいじめを助長するものだ(その当時、いじめを苦にした自殺が社会問題になっていた)と受け取った視聴者からの苦情がJAROに対して1日250件以上来ることとなった。ソフトバンクモバイル広報部は「ゴールドプランの便利さを紹介したいがために制作したものであり、いじめを助長するために作ったものではない」とコメントしている。なお、ソフトバンクは当該CMの放送を予定通り2006年12月24日で終了した。
予想外割紹介CMにおける問題
詳細は上記リンク先記事を参照。

[編集] 新スーパーボーナス割賦支払金の問題

2007年1月、神戸生活創造センターなどにSoftBankの携帯電話の解約時などの料金についての苦情が相次いでいることが判明(神戸では12月までに5件)。「新スーパーボーナス」を利用して端末を割賦購入した際の残額として、最大で6万4080円の請求をされた人がいた。「持ち帰り0円」等の店頭表示がされる一方で、新スーパーボーナス契約内容の説明が不十分な場合が多々あったことが原因と考えられる。

[編集] ソフトバンクショップ個人確認違反問題

2007年4月12日、ソフトバンクショップを運営している代理店2店舗が、携帯電話購入時に個人確認を怠ったとして、総務省が代理店2店舗と監督元であるソフトバンクモバイルに対し再発防止措置の徹底を行なうよう指導を行なった。ソフトバンクモバイルはこの代理店2店舗に対し、販売促進支援およびショップ支援を3カ月間停止を決定し、ソフトバンクショップ全代理店に対し、携帯電話を販売する際の個人確認を徹底するように通知した。

[編集] 重大な事故が相次いだ問題

2008年4月9日、同年5月5日、同年5月6日に音声通話不可・パケット通信不可等の事故が3件発生した。これらの事故は影響が大規模かつ長時間にわたったことから重大な事故として取り扱われる。また、いずれの事故も予備系の設備が設置されていたにもかかわらず適切に機能せず大規模なサービス停止に至ったと判明している。重大な事故が相次いだことを受けて総務省は同年5月14日、改善を行うようソフトバンクモバイルに指導した。

[編集] 端末関連

[編集] 端末一覧

[編集] 端末を供給しているメーカー

デジタルツーカー(以下DTと略)時代は箱に記載されたメーカー略称の文字色(SH、Dなど)、J-フォン(以下JPと略)時代は取扱説明書の表紙の色が各メーカーごとに異なっていた。ここではそれについても記載する。

ソフトバンク内で供給台数はシャープがトップで、最近では売り上げランキングで10位中に毎回4機種以上がランクインされているため、報道機関は「シャープ王国」とも称している)。

シャープ
略称「SH」(デジタルホン時代は「DP-20X」)(DT:薄い橙、JP:黄色)
ハイエンド機からローエンド・プリペイド機まで、数多く端末を供給するメーカー。機種数が多いことや液晶の性能の高さからか、ソフトバンクモバイルの中でも一番人気のメーカー(2007年7月現在、国内シェアはNo.1)。特に液晶の技術には定評があり、カラー化・高画質化もハイペースで行われた。
付き合いはJ-PHONE時代からと長く、携帯電話ではドコモF502iに次いで登場したカラー液晶機種(J-SH02 1999年秋発売)、携帯電話初のカメラ付き機種(J-SH04 2000年冬発売)、携帯電話初のTFT液晶機種(J-SH05 2000年11月)、SDメモリーカード対応(J-SH51 2002年春発売)、QRコード対応(J-SH09・J-SH52 2002年秋発売)、メガピクセル機種(J-SH53 2003年夏発売)、光学ズーム搭載(V602SH 2004年夏発売)、モーションコントロールセンサー搭載(V603SH 2005年2月発売)、携帯初VGA液晶搭載(Vodafone 2006年4月発売)など、携帯電話において「業界初」機種を数多く手がける。
同社初のJava搭載携帯電話(J-SH07 2001年夏発売)も、シャープから製造された。この機種は他にも、カメラやTFT液晶等を装備し、折りたたみ式の形状と、当時のトレンドをおさえた製品だった。そのため登場時は「J-PHONE史上最強のケータイ」と謳われ、大ヒットを記録した。
その当時はNTTドコモへは端末を供給しておらず(それ以前には供給していたが、一時的に休止)、写メールのヒットなどでドコモユーザーからは羨ましがられた時期もあったが、2002年よりドコモ向け端末をリリース。後に2005年にはウィルコム向け端末をリリース、2006年にはAu (携帯電話)向け端末をリリース。そして、2007年3月にはイー・モバイル向け端末もリリースし、2007年現在日本の携帯電話やPHSの全キャリアに端末を供給する唯一の端末メーカーとなっている(実際にはツーカーには最後まで端末を供給しなかったが。イー・モバイル参入前は三洋電機が全キャリアに納入していた。)。
2006年5月には、ボーダフォン時代唯一(ソフトバンク初)のワンセグ対応機種、Vodafone(通称:AQUOSケータイ)を発売。11月にはワンセグ携帯では最大級の3インチ画面を搭載した後継機の911SH、業界最高の500万画素AF+光学3倍ズームなどを搭載、デジカメ顔負けの使い勝手を実現した910SHを同時発売。また、2007年2月には、パントーン社とのコラボレーションによる世界初となる24色同時展開の端末812SH、3月にはカメラなしのビジネス向け端末813SHも発売。夏にはAQUOSケータイ第3弾となる912SHをはじめ、812SHベースのシンプル端末812SHなどを発売。シャープ製音声端末としては初となるスライド式端末のFULLFACEおよび816SHを順次発売した。最近では、シャア専用携帯こと913SH Gや、THE PREMIUMと称したスリムワンセグ携帯820SH、821SHなどが発売、2008には、モーションセンサーを搭載したFULLFACE2と、インターネット機能を重視したインターネットマシンを発売。
また、デジタルホン時代から着信メロディーに必ず「森のくまさん」がプリセットされていた。
2008年夏モデルとして、シャープ初となる防水機種THE PREMIUM WATERPROOF 824SHを発表した。
東芝
略称「T」(デジタルホン時代は「DP-17X」)(DT:濃い緑、JP:エメラルドグリーン)
現在SHに次ぐ人気のメーカー。ハイエンド機からローエンド機まで幅広い層に向けた端末を製作している。こちらも携帯電話で初めて、QVGA液晶を搭載したり(J-T08 2002年冬発売)モバイルフラッシュ機能搭載(J-T06 2001年夏発売)と、意欲的なメーカー。2004年夏のV601T以降の端末(V6・V5シリーズ、SoftBank 3G)に於いては、自社製3Dグラフィックアクセラレータ「MOBILE TURBO T4G」を搭載している。
第三世代携帯電話でも、ボーダフォン初のGPS機能搭載の製品(Vodafone 2005年10月発売)や音楽プレーヤー機能を前面に押し出した製品(Vodafone 2005年10月発売)など、魅力的な製品を開発・製造している。
国内で初めて第三世代携帯電話を展開する事業者全てに3G端末を供給したが、現在はNTTドコモ向けの端末を供給していない。電波の感度の良さでは以前より定評がある。Au (携帯電話)向けにも意欲的に端末を供給しているが、ボーダフォン時代に3G端末が登場してから同社向けの供給の比重が増えていて、現在ではシャープと肩を並べるソフトバンクの端末供給メーカーになっている。
2006年1月に発表されたSoftBank 3G端末のx04シリーズでは、VodafoneがSoftBank 3Gで提供される全てのサービスに対応し、フルスペック端末となった。910TはBluetoothによるワイヤレスミュージックスタイルに1GBメモリなどを搭載し、au向けのW44T(TiMO W44T II / LEXUS W44T IIIを含む)と同じく大容量音楽ケータイとなる。また、803Tの成功以降、継続して音楽再生に注力した機種を発売している(Vodafone、811T、911T)。
2007年2月にはソフトバンク初の子供向け端末812T(通称「コドモバイル」)を発売、3月には、ワンセグや3G ハイスピードに対応するなど機能が充実した911Tを発売した。2007年夏モデルでは、筐体にチタンを採用した814T、幅広いコーディネートを可能にした815Tなどを発売した。また、2007年12月には東芝としては国内で展開する初のスマートフォンとなるSoftBank Xが発売された。
2007年春から2008年春のモデルは、「X01T」「811T」以外の全モデルが国際ローミング不可となっている。しかし、2008年夏モデルの823Tと824Tで国際ローミング(3Gエリア限定)に対応している。
日本電気(NEC)
ファイル:V601N c.jpg
V601N 2004年
左側起動画面、右側TV受信画面
略称「N」(デジタルホン時代は「DP-11X」)(DT:青、JP:赤)
デジタルホン第1号機(DP-111)をリリースした。ほぼNTTドコモ向け端末を中心に供給しており、ボーダフォン向けにはほとんど新機種を投入しなかった。V601Nで日本で初めてアナログテレビ受信端末をリリース。SoftBank 3G向け端末Vodafone、Vodafoneは国内専用W-CDMA端末となっている。2006年春に発売のVodafoneではV-N701以来のGSM対応で、本体内部メモリが450メガバイトとなっている。同社はJ-フォン~ボーダフォン時代における、3G黎明期より試験端末を積極的に開発してきたが、Vodafone 3Gの頃に発売された製品は、機能的な面で大きく劣る機種や使い勝手の面に重要な問題があった機種などで、他機種と比較され売れ行きは伸び悩んだ。
ソフトバンクになってからは、薄型の商品として新たに705Nを発売し、2007年3月には兄弟機706Nを発売したが、これを最後にソフトバンクモバイル向け端末の新モデルは途絶えているが、2008年2月のソフトバンク2008年3月期第3四半期決算発表にて、孫正義が「非常にすばらしい端末の提案を頂いたため、いずれ魅力的な端末を紹介出来ると思う」と語っており、2008年夏モデルとして、820N・821N・821Nを発表した。
パナソニック モバイルコミュニケーションズ
略称「P」(デジタルホン時代は「DP-14X」)(DT:ローズピンク、JP:紫)
デジタルホン・J-フォン時代はパナソニック モバイルコミュニケーションズ時代から端末を供給していた。基本的に、NTTドコモ等のPシリーズに準した製品が配給されていた。同社が得意とする薄型軽量技術を生かした商品が多かった。2000年6月発売の「J-P02」は、重量が僅か61グラム(現在に至るまでソフトバンク最軽量モデル)である。2002年5月発売の「J-P51」は、折りたたみ式携帯電話が人気の絶頂だった当時としてはめずらしく、ストレートタイプの形状を採用。軽量かつ多機能だった事、そしてパナソニックというブランド力もあってストレート端末の割にはかなり売れた機種である。現在もソフトバンクモバイルのサイトにて製品情報を参照する事ができる。
ボーダフォン時代は端末は供給されなかったが、ソフトバンクによる買収が行われた後、2006年5月10日のソフトバンク決算説明会で代表取締役の孫正義が「年内に音声端末を登場させる予定」と述べ、パナソニック側も開発中であることを認めるコメントをした。同社製のソフトバンク向け端末 705P が2006年7月にJATE認定、2006年9月28日よりボーダフォン(当時)へ端末供給を開始、ソフトバンクブランドとしても10月7日より発売された。2007年には、事実上兄弟機となる705Pが発売。2007年夏モデルでは、パナソニック製音声端末としては初となるスライド型端末810Pを発売。
2007年冬モデルでは、820P、821Pの2機種が発売、2008年春モデルでソフトバンク初となるハイエンド端末920Pを発売。
2008年夏モデルとして、パナソニック初となる防水機種Tropical 823Pを発表した。
ノキア
略称「NK」(J-フォン時代は「NM」・デジタルホン時代は「DP-15X」)(DT:明るい緑、JP:薄い橙)
PDC製品では、デザイン性を前面に押し出した製品を製造・配給していた。1998年秋の商品「DP-154Ex」は、当時の日本製携帯電話にはないストリート風のデザイン、オレンジの配色等でファッション雑誌によく取り上げられた。J-NMシリーズ時代は、三洋電機のOEM製品で展開していた。
第三世代携帯電話では、Symbian OS搭載ストレート形3G端末702NKおよびVodafoneを投入している。スマートフォンを売りにしているこれらの端末は、PCとの親和性が高いことと世界中に出回っているSymbianアプリ(いわゆる「勝手アプリ」、「超勝手アプリ」を含む)を組み込めるなどの自由性の高さからPCユーザーを中心に人気がある。2006年夏にはこれらの後継機種、Vodafoneを発売。採用されているSymbianOSのバージョンが上がり、旧機種で人気だった「勝手アプリ」は利用できなくなった(認証済みのSymbianアプリは利用可能)かわりに、折畳み式スタイル、2.4インチQVGA液晶ディスプレイ・FMラジオチューナー・2メガピクセルデジタルカメラ・赤外線通信機能など、日本製携帯電話に近い機能が搭載されている。
ソフトバンクになってからは、SoftBankとしては初となるGSMクワッドバンドと3Gのデュアルモードローミングに対応した、705N(Nokia N73)が、2007年1月13日に発売された。また、2007年4月に法人専用のスマートフォン端末SoftBank Xが発売。
セイコーインスツル
略称「SI
データ通信専用CFカード型端末VC701SIを供給している。国内のほか、海外W-CDMA網でも使うことができる。各検証記事や雑誌などでは、NTTドコモやAu (携帯電話)向けのカード端末と比べ、利用者数が他キャリアよりも少ない割にはインフラの品質が高いこともあり、「同じW-CDMAのFOMAよりも高速」「繋がる」などと高く評価されてきている。
ソフトバンクになってからは、HSDPA(3G ハイスピード)/W-CDMA方式のカード端末C01SIを発売。
ちなみに第3世代データ通信カードでは数少ない、キャリアが公式に Mac OS X 対応を明示しているカードであり、ユーティリティソフトも提供されている(auのW01KもMac OS Xで利用できるが、アップルによりモデムスクリプトが提供されているのみである。さらにドコモの通信カードではユーザ有志によるドライバ等に依存している)。
サムスン電子
略称「SC」(ボーダフォン時代は「SS」)
2006年春にVodafoneで日本向けに初めて携帯電話を投入。本体の薄さが14.9ミリと極めて薄いのが特徴。(発売当時、世界最薄の折りたたみ型第三世代携帯電話であった)外部メモリー非装備以外は日本の携帯電話のトレンドを取り入れており、QVGA液晶やメガピクセルカメラなどを装備している。また、ユーザーインターフェースも日本の携帯電話に準じたものとなっている。
ソフトバンクになってからは、ボーダフォン時代からみても久しぶりとなるスライド式携帯電話705SCおよび折りたたみタイプの706SCが、10月上旬に発売している。その後、11月にはSoftBankとしては最薄型となる707SCや、Yahoo!ケータイ対応としては初となる3Gハイスピード対応の709SCを12月29日に、W-CDMA通信方式で世界最薄の708SCや、3Gハイスピード対応の707SCも2007年3月に発売している。また、ワンセグ対応の805SCも2007年6月中旬に発売された。
2008年1月には、有機ELディスプレイ搭載・500万画素カメラの920SCが発売された。
HTC (企業)
略称「HT」
2006年10月にHSDPA(3Gハイスピード)初導入でPocket PCを搭載した初のスマートフォン端末(ソフトバンクになる以前から見ても初投入)SoftBank Xでソフトバンクモバイルへ初めて携帯電話を供給を開始した。2007年9月にはストレートタイプのスマートフォンとなるSoftBank Xを発売した。
アップル
2008年7月11日初めて投入。最初の機種はIPhone。

[編集] かつて端末を供給していたメーカー

三洋電機(鳥取三洋電機(現・三洋電機))
略称「SA」(デジタルホン時代は「DP-18X」、デジタルツーカー仕様は「S」)(DT:緑、JP:桃色)
主にローエンド機を中心にリリース。V801SAでは、SoftBank 3G端末の製品版としては第一弾として投入されるも、端末価格があまりにも高価だったことや不具合が頻発したことなどの要因が重なっため不評であった。その後、第二世代携帯電話で奇抜な外観が印象のV401SAを発売するも売り上げは思わしくない。結局V401SA以降、ボーダフォンへは投入されなかった。三洋電機がNTTドコモへの納入を再開したことから、ボーダフォンからは撤退したのではないかとの憶測がなされたまま、ボーダフォンはソフトバンクブランドとなったが、こちら向けの端末供給もされなかった。そして、2008年4月1日を持って、会社本体の経営不振による再建中の三洋電機は、京セラ(今までソフトバンクおよびボーダフォン・Jフォン・デジタルホン端末を供給したことのない)に他キャリア向けも含む携帯電話事業を譲渡すると発表した。
モトローラ
略称「MO
Vodafone、VodafoneがSoftBank 3Gとして発売されるも、メールアドレスの特定の場所に、(.)の入ったメールアドレスが電話帳に登録できない等の仕様上の制限・問題が多く、発売から数ヶ月で店頭・カタログ等から抹消された。702MO/sMO以後はボーダフォン(日本)への供給はなく完全撤退した。日本国内ではNTTドコモへの供給がしばらく続いていたが、20083月、モトローラは携帯電話部門の分社化を発表した。
三菱電機
略称「D」(デジタルホン時代は「DP-22X」、デジタルツーカー仕様は「D」、「XC」)(DT:水色、JP:スカイブルー)
J-フォン時代は当時人気のフリップ式端末の供給をしており、待ち受け画面に登場する「アニメっちゃ」、初の16和音着信音メロディ対応機のリリースや大型スピーカー搭載による高音質・大音量など、端末には定評があった。デザインやスペックは、NTTドコモのDシリーズよりも、当時ツーカーに納入していた「TH-4XX」シリーズに似たものとなっていた。
J-D08と比べV401Dではユーザーからの要望も含め、改良に改良を重ね1000以上の項目を改善したり、コントロールパッドや加速度センサーを搭載するなど意欲的だったが、ボーダフォン体制時の端末調達絞り込みの影響を受けV401D以降の端末の開発は終了。
社内の開発チームも解散しており、プリペイド端末のJ-D07、V101D、V102D、V301D、V401Dの保守業務以外、撤退している。現在発売されているプリペイド端末も、201SHに取って変わられてしまった。
2008年3月、ソフトバンク向けの供給がないまま、三菱電機は携帯電話事業の終息を発表した[1]
ソニー

略称「SE」(J-フォン時代はエリクソンは供給無し、ソニーは後述。)(DT:紫、JP:薄い青)

NTTドコモやAu (携帯電話)向けに供給されている製品が、日本を拠点に開発されている旧ソニー寄りの端末である一方で、ボーダフォン時代に投入された製品はヨーロッパの拠点で開発された製品を日本語化した旧エリクソン寄りの端末だった。そのためジョグダイヤルやPOBoxは搭載されておらず、日本独自の仕様である着うたサイトやゲームサイト・インターネットバンキングサイトにはほぼ対応していない。発売されたのはVodafoneのみでありその後は端末を発売していない。
ソニーエリクソンは、経営立て直しの一環で日本以外の国でのCDMA2000の開発から撤退しGSMに注力(DoCoMoのFOMA端末納入は、Symbianを使用した共同開発によるもの)しており、802SEでの再参入はUMTS(3G)とのDual Chipsetを使用したボーダフォングループのコンバージェンス端末日本語化により可能となったものである。
デンソー
略称「DN」(デジタルホン仕様は「DP-19X」、デジタルツーカー仕様は「ND」)(DT:赤、JP:緑)
携帯電話オリジナルキャラクター「まめぞう」を端末に搭載。シンプルなルックスだがかわいらしく、好評であった。更に、比較的コンパクトな端末だった上、端末側面にタッチセンサーを搭載し、握っている時のみ誤動作防止機能が解除されたり、文字変換機能が当時としてはかなり高度だったなど、実用面でも好評であった。その為、カラー化がすすむ前のJ-PHONEでは(1999年頃まで)同社とケンウッドが人気メーカーとなっていた。端末のイメージキャラクターには、歌手の知念里奈と俳優の江口洋介を起用していた。2001年5月に携帯電話事業でのケンウッドとの協業を発表するも、同年秋の商品「J-DN31」を最後に惜しまれつつ携帯電話事業から撤退。
パイオニア
略称「PE」(デジタルホン仕様は「DP-21X」、デジタルツーカー仕様は「カロッツェリア (AV機器)」)(DT:薄い紫、JP:灰色)
同社端末の売りは、全面タッチパネル式液晶携帯電話。「DP-211」は携帯初のタッチパネル式であり、その兄弟機種「DP-211sw」は携帯初の文字メッセージサービス(スカイメール、当時はスカイウォーカー)対応機種であった。操作の殆どを液晶にタッチする事で出来る、かなり個性的なものだった。このコンセプトは液晶が重視されている今の携帯電話に受け継がれているものであり、早すぎた商品といえるかもしれない。また、音響製品とともに以前より主に福祉向けの固定電話機を作っていたメーカーだけあって、通話品質にも定評があった。2001年春発売の「J-PE03II」(同社唯一の、非全面液晶&カラー・和音着信音モデル)を最後に携帯電話事業から撤退。
ケンウッド
略称「K」(デジタルホン時代は「DP-13X」、デジタルツーカー仕様は「K」)(DT:橙、JP:青)
デザインと音質を重視した商品が目立つ。1998年春に発売の「DP-134」(デジタルホン仕様)「K3」(デジタルツーカー仕様)は、サイドから見るとイルカのシルエットのようなグリップがつけられており、「ドルフィンライン」というキャッチコピーで売り出された。更に、当時の東京デジタルホンイメージキャラクターの藤原紀香が出演する同社CMやドラマでも同機種が使われ、OLを中心にヒットした。そして、オーディオや無線機の製造を手がけている技術力が生かされており、通話品質もかなりハイレベルだった。その代わり、軽量化・多機能化にはそれほど熱心ではなかった。シャープや東芝のように高画質液晶やカメラ機能を全面に押し出しているわけではないが、根強い人気はあった。しかし2000年ごろからケンウッド本体の経営が悪化。2001年5月には携帯電話事業でのデンソーとの協業を発表するも、2002年3月発売の「J-K51」(携帯電話初のステレオツインスピーカー搭載端末)を最後に携帯電話事業から撤退。株式会社山形ケンウッドで生産されていた。
富士通
品番は「DP-12X」ではじまる
こちらも、NTTドコモ等のFシリーズに準じた製品を配給していた。撤退はかなり早く、1998年夏の「DP-125」が最後。「J」からはじまる品番は1998年暮れの製品から使用されたものである。したがって「J-F01」等のような品番の製品は存在しない。
ソニー
略称「SY」(デジタルツーカー時代は「SO」)(JP:薄い青)
ツーカーの株主だったソニーは、デジタルツーカーのツーカーローミング地域向けに製品を供給。日産の携帯電話事業撤退を期に1999年秋に「J-SY01」(当時ツーカーで人気商品だった「TH291」に準じた仕様)が発売されたが、これが最初で最後のJ-フォン向け端末となった。岩手県のソニー千厩株式会社(現在のソニーイーエムシーエス株式会社千厩テック)で生産されていた。

[編集] 国際ローミング

2007年9月3日現在、通話は177の国や地域、SMSは177の国や地域、MMS・ウェブは106の国や地域、モバイルデータ通信は104の国や地域、TVコール(TVコール)は34の国や地域でローミングが可能となっている。 対応機種は、一部のGSM非対応機をのぞくSoftBank 3G機種である。

現在の日本の携帯電話会社のなかでは、英国のボーダフォンの日本法人であったことも関係して、国際ローミングに特に力を入れており、ローミングが可能な国は非常に多い。また、総合カタログに掲載されている国際ローミング対応機種も群を抜いて多い。ちなみに2007年3月の総合カタログではソフトバンクが24端末、ついでNTTドコモが23端末(うち905iをのぞくほとんどの機種はGSM非対応のため欧州などに限られる)、そしてAu (携帯電話)が1端末である。

ボーダフォン時代から日本国内専用機(国際ローミングサービス非対応の機種)は少数あったが、ソフトバンクモバイルとなった後の2007年以降の端末ラインアップ数の急増とともに、日本国内専用機の数も増加している。国際ローミングが必要な場合は国際ローミング対応機種を購入するか、後述のレンタルサービスにより対応機を海外渡航時に借りることになる。なお、ソフトバンクの国際ローミング対応機種のうち、GSM非対応機はデータ通信カード VC701SI のみであったが、2008年夏モデルから音声端末にも GSM 非対応機が登場している(823Pや820N、823Tなど)。

日本国内専用の3G機種の利用者には、ローミング対応端末単体でレンタルできるソフトバンク海外レンタル(旧・ソフトバンクグローバルレンタル/GSMレンタフォン社提供)というサービスもあり、USIMカードを差し替えるだけで電話番号・メールアドレスを変えずに利用できる。 なお同社では、ソフトバンクモバイルに加入していない人に対しても、一般的なレンタルサービスを行っている。

2008年になって、「世界対応ケータイ」を国際ローミングサービスの通称としている。

[編集] 国内でのローミング

前述の「デジタルツーカー」提携以降、ツーカーは「スカイメッセージ」などソフトバンクに準じたサービスも併せ持っていた(「スカイメッセージ」はソフトバンクと相互送受信可能)。また、ツーカーの営業区域外(旧「デジタルツーカー」区域)では、同一の通信方式によりソフトバンクにローミングしていた。

[編集] 地域会社時代の各社の業務区域

2000年10月にジェイフォン東日本となった地域
2000年10月にジェイフォン西日本となった地域
東海デジタルホン → ジェイフォン東海「c」
  • 各社名の後に記載されているアルファベットは、ボーダフォン時代までメールアドレスに使用されていたイニシャル。
  • デジタルツーカーからジェイフォンへの各社の変更は1999年10月。
  • 3社体制となって以降も、メールアドレスのイニシャルは以前の状態で使用された。
  • 2000年5月に全ての会社の筆頭株主をつとめる親会社となった「ジェイフォン株式会社」が、ボーダフォンの経営参入に際し2001年11月に上記の全社を合併・統合し、地域分割の形は終了した。

[編集] 現在のイメージキャラクター

[編集] メインキャラクター

  • キャメロン・ディアス(2006年10月~)
10月1日よりテレビCMに出演。孫社長がボーダフォン時代に「イメージキャラクターにキャメロン・ディアスを起用する」と発言していた。
  • ブラッド・ピット(2006年10月~)
11月30日よりテレビCMに登場。孫社長がボーダフォン時代にCMキャラクターについて問われた際、「キャメロン・ディアスと有名なハリウッド・スター」としか発言していなかった。出演時期は今のところ、2006年では12月、2007年では1月、8月、9月、10月。キャメロンと(CM宣伝の)時期がかぶることが少ない。
  • なお、上記二人が出演しているCMはサービスなどのナレーションが一切流れない形式となっている。


ホワイトプラン
松中信彦和田毅川崎宗則斉藤和巳、ホワイト(架空の外国人選手)の5選手がホワイトプランの宣伝CMに出演。「通常版」・「身長編」の2パターンがある。
機種の宣伝
2007年3月以後、新バージョンとして試合編(川崎宗則、斉藤和巳、的場直樹が911SH、911Tの特徴をサインに使う)が放送されている。(実際の試合ではなく新たにCM用に撮りおろした)これらはすべて福岡Yahoo!JAPANドームで撮影された。
ホワイトに関するオプションの「ホワイト家族24」(家族割引+ホワイトプランの通称)、「Wホワイト」やソフトバンクモバイルが「純増数3ヶ月連続No.1」になったことへの宣伝のCMに出演。CMは「予想外な家族・白戸(ホワイト)家」シリーズとして展開され、いくつものパターンがある。上戸がソフトバンクショップのスタッフ・アヤ役(しゃべりすぎで、声が掛布雅之になる事がある)、ダンテ・カーヴァー(下記)が兄役、樋口が母役、北大路が父役(声のみ)として出演。母がホワイト学割学校の校長、父が先生である。なお、「X'masエクスプレス 今日はそこまで!/お許し出た篇」、「アヤ間違える篇」にアヤの彼氏・マサオ役で出演したのは田中幸太朗、「同窓会篇」で父の女性同窓生・斉藤さん役で出演したのは山口いづみ。また「テニス部入部篇」でテニス部顧問役として谷原章介が登場している。
2008年4月12日よりオンエアされている『2007年度純増No.1篇』、『同窓会篇』では、BGMに小林亜星の『過ぎ去りし日々』(TBS向田邦子ドラマスペシャルテーマソング)が使われている。
  • ちなみに上戸はNTTドコモ東海のCM出演経験がある(期間:2003年 - 2004年)。
  • ダンテ・カーヴァー(2006年6月~ 通称:予想GUY(予想外犬=ビーグル犬の声も担当)、自称:野口五郎
予想外です。」というフレーズのCMに起用されている。主にVodafone・Vodafoneの宣伝をしていた。また、それ以外でもキャメロン・ディアスと共に予想外割のCMにも起用されていた(キャメロン・ディアスとは別物のCM)。その後予想外割での騒動もあってかしばらくはCMに出演していなかったが、2007年6月よりホワイト家族24宣伝のCMにて久々にCM出演を果たす。このCMシリーズでは「外国人になってしまったアヤの兄」を演じている。なお、「無料のワ『ただ友篇』」に兄の彼女役で出演したのは原史奈である。
  • カイ(北海道犬 オス)、ネネ(北海道犬 メス)(2007年6月~)
CM、「予想外な家族・白戸家」シリーズの父役として出演。ホワイトのCMにより職業設定は教師であると判明。その後母役の樋口が同じ学校の校長であることも判明した。カイとネネの兄妹によるダブルキャストで北大路欣也が声を当てている。通常は兄のカイだが高い所が苦手なようなので階段などのシーンでは妹のネネを使っている。
  • ケーリャ(シロイルカ 推定10歳・オス)(2007年10月~)
「島根のおじさま」として、CM「無料のワ『イルカのおじさま篇』」に出演。島根県浜田市の「島根県立しまね海洋館アクアス」でパフォーマンスを披露している。
  • この他、東芝がソフトバンク向け端末のイメージキャラクターとして倖田來未を起用しており2006年7月から出演している。
  • ホワイトプランの雪の中篇から携帯電話業界のテレビCMでは初のハイビジョン制作で放送している(原則キャメロン・ディアス及びブラット・ピット出演バージョンと一部機種のCMのみ)。

[編集] 過去のイメージキャラクター

ホワイトプラン宣伝のCMに出演。加瀬と市川の共演。結婚話編の1パターンがある。
ホワイトプラン宣伝のCMに出演。父子で共演。操作方法編の1パターンがある。

 その後佑はホワイト学割のCMに生徒役として出演した。

[編集] ボーダフォン時代のイメージキャラクター・出演者

  • 伊東美咲(2005年6月~2006年9月。後にカシオ日立モバイルコミュニケーションズのAu (携帯電話)向け端末「W52H」、「W53H」のCMに出演)
  • 津田寛治(~2006年9月)
  • しまクリーズ(~2006年9月、旧・しまクリ三兄弟)
  • 村松利史(2006年、一度のみ出演)
  • 岡田准一(2005年6月~2006年6月、以前V6 (ジャニーズ)として関西セルラーCMに出演)
  • ベッキー
  • 山田優(以前は沖縄セルラー電話のCMに出演)
  • 加藤ローサ
  • 倖田來未(「Vodafone」以降の東芝製携帯)
  • 木村カエラ(後にKDDI「ひかりone」のCMに出演)
  • 佐藤隆太
  • 佐々木蔵之介(後にAu (携帯電話)のCMに出演)
  • アンガールズ
  • ドリームズ・カム・トゥルー(東芝「Vodafone」)
  • 三浦大知
  • 成宮寛貴
  • デビッド・ベッカム(後にモトローラのNTTドコモ向け端末「M702iS」のCMに出演)
  • ミハエル・シューマッハ(F1フェラーリチーム)
  • 持田香織(東芝「V601T」)
  • 伴都美子(東芝「V302T」)
  • スリーアミーゴス(東芝「J-T010」)

[編集] J-PHONE時代以前のイメージキャラクター・出演者

ボーダフォングループになった頃は、さまざまな出演者がいた。

2000年頃までは、地域ごとにイメージキャラクターを分けていた(デジタルツーカー時代のキャラクターも下記に含む)。

旧東京エリア
  • ヤクルトスワローズ(現東京ヤクルトスワローズ)の選手及び監督(ツバメ商事の営業マンを演じる)
  • 忌野清志郎千葉麗子河相我聞(旧東京エリアの初代キャラクター)
  • 角田華子
  • 藤原紀香(後に、東日本・西日本エリアにも出演)
    • 彼女の出演により旧東京エリアは加入者が急増した事があった。また、彼女を元に作画したアニメーションのバージョンがある。現在のソフトバンクモバイルのイメージキャラクターであるキャメロン・ディアスの声を吹き替えた事があり、本人と対面した事もある。
  • 永瀬正敏(後にAu (携帯電話)のCMに出演)
  • 川村カオリ
旧東日本・西日本エリア(東海除く)
旧東海エリア
旧関西エリア
旧九州エリア
  • クリストファー・ロイド(デジタルツーカー)
  • 牧瀬里穂(デジタルツーカー)
  • 鮎川誠(デジタルツーカー)
  • デビット伊東(デジタルツーカー)
  • ケリー・チャン
  • 伊勢谷友介
旧東北エリア
旧中国エリア
旧北海道・北陸エリア
旧四国エリア

[編集] スポンサー

  • 日本プロサッカーリーグのチームスポンサーを務めている。
    • ジェフユナイテッド市原・千葉(1997年 J-PHONE=東京デジタルホン=時代にユニフォームスポンサー)
    • 浦和レッドダイヤモンズ(2005年~2006年ユニフォームスポンサー)
  • 2006年より、プロ野球マスターズリーグの特別協賛スポンサーを務めている。
  • 平成仮面ライダーシリーズ - スポンサーではないが(CMは稀に入ることあり)、番組内で使用されている携帯電話の協力。J-PHONE時代から。

[編集] テレビ番組

[編集] 1分以上

- 日曜洋画劇場以外の番組では、劇中に登場する携帯電話を供給している。

[編集] 30秒

★は同業者のKDDIもスポンサー

日テレ
TBS
  • 現在はなし。
フジテレビ系
  • 一攫千金!日本ルー列島!(脳内エステ IQサプリより移行)
  • 爆笑レッドカーペット
  • とんねるずのみなさんのおかげでした
  • 土曜プレミアム★(新報道プレミアAから移行)
  • めちゃ×2イケてるッ!
  • はねるのトびら
テレビ朝日系
  • 現在はなし。
テレビ東京系

[編集] 週替わり

  • THE・サンデー(日本テレビ系)
  • ズームイン!!サタデー(日本テレビ系)

など

[編集] 過去に提供

  • おネエ★MANS
  • 恋のから騒ぎ
  • テレビ朝日(2008年4月よりKDDIから交替したが、2008年春では放送一回目と最終回のみ)
  • クレヨンしんちゃん (アニメ)
  • 熱血!平成教育学院
  • 芸恋リアル(ytv制作・日本テレビ系)2007年1月・3月
  • 水10!★(2007年1月のみ提供、同番組はKDDIもスポンサーのため携帯会社2社以上の提供番組だった)
  • ニッポン旅×旅ショー(日本テレビ系、番組終了)
  • スタ☆メン★(フジテレビ系、番組終了)
  • アイシールド21(テレビ東京系)2007年6・7月
  • 新報道プレミアA★(フジテレビ系、土曜プレミアムへ移行)
  • 踊る!さんま御殿!!
  • ジャンプ!○○中★
  • 脳内エステ IQサプリ★(フジテレビ系、一攫千金!日本ルー列島!へ移行。同業提供はなし)

[編集] ラジオ番組

  • 現在はなし

[編集] 過去に提供

  • J-PHONE BLUESKY PROJECT - 2002年4月~2003年9月まで。
  • COUNTDOWN JAPAN (ラジオ番組) - 2003年10月~2005年4月2日まで番組スポンサーだった。「DHC COUNTDOWN JAPAN」となった現在も「Vodafone COUNTDOWN JAPAN」時代のメロディを使い続けている。

[編集] 補足

  • 携帯会社としては唯一週替わりや月替わりスポンサーになることが多い。

[編集] 脚注・出典

[編集] 関連項目

  • スペースチャンネル5 - J-フォン時代、Javaアプリサービス開始時のキャラクターにうららを起用
  • ボーダフォン
  • SoftBank 3G(旧・ボーダフォングローバルスタンダード→Vodafone 3G)
    • 3G ハイスピード
  • SoftBank X
  • SoftBank 6-2(旧・J-5X/J-0Xシリーズ→V3/V4/V5/V6シリーズ)* 写メール
  • デルモジ表示
  • S!アプリ
  • ステーション (ソフトバンクモバイル)
  • ハッピーボーナス
  • プリモバイル
  • ソフトバンク
  • Yahoo!ケータイ
    • S!ケータイ動画/S!情報チャンネル/S!GPSナビ/S!FeliCa /S!ループ
  • S!ミュージックコネクト
  • ゴールドプラン
  • ホワイト
    • Wホワイト
  • 「ブループラン」及び「オレンジプラン」
  • スーパーボーナス
  • スーパー安心パック
  • パケットし放題
  • パケット定額
  • ディズニー・モバイル
  • モバイル決済推進協議会
  • お友だちご紹介プログラム
  • ご家族ご紹介プログラム
  • ケータイ捜査官7
  • IPhone

[編集] 外部リンク





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